2013年11月22日に他界した父は、約千点の水彩画、油彩画、スケッチを描いていました。1938年から2013年まで、父が16歳から91歳までに描いた作品です。戦前の父の両親や兄弟、何げない家族の風景、家業であった瀬戸物屋の店先、下北沢の商店街、憧れの女優、勤めていた銀座の街角、歌舞伎座・・・優れた観察力と描写力は17歳とは思えぬ卓越した表現力です。20歳で徴兵され満州へ、3年半後に復員し、その辛かった戦争体験を『絵』として記録しています。戦後、家族を持った父は、幼い息子や娘、妻の日常をやさしい線画でスケッチしています。それは、成長の記録であり、妻への愛情の表現でもありました。好きだった信州や奥多摩の山並、四季を感じる花や果物、食材、マドリードやフィレンツェ、ローマの街並・・・心がとらえたものを、力まず自然に自由に、軽々と『絵』にしていきました。生前に観せて貰った作品、亡くなってから見つけたもの、それらを観るたびに、父の『まなざし』を強く感じます。『絵』を観ているのではなく、画家であった父の『目』になったような気持ちになるのです。描画されている線を追って行くと、遠い記憶と父、家族との思い出が次々と繋がって行きます。ゆっくりと一枚の絵を描いているような気持ちになりました。『絵』と『まなざし』を残してくれた父に感謝しています。
2014年11月
イラストレーター
飯田 淳